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渋沢栄一近代の創造 - 煩悩戦略研究所

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渋沢栄一近代の創造

渋沢栄一近代の創造渋沢栄一近代の創造

商品副データNon select山本七平祥伝社この著者の新着メールを登録する発行年月:2009年07月登録情報サイズ:単行本ページ数:658pISBN:9784396501006日本における近代の創造は、徳川時代と明治時代の連続・非連続を統合的に把握してはじめて理解できる、ーーでは、どのような方法を用いればその「統合的把握」が可能なのであろうか。さまざまな方法が考えられるが、私はここで、前記の「連続・非連続」を一身に具現していると思われる一人物を選び、その人の思想と行動を通して把握しようと試みた。その人が、渋沢栄一である。私はここで、主として渋沢栄一を通じて、幕末から明治への転換、すなわち、俗にいう「徳川封建性」から「明治的近代国家」への移行、簡単にいえば資本主義的近代国家への移行がどのようにして行われ、またなぜそれが可能であったかを追求してみようと試みているだけである。現代の日本も変革に直面している。それはもちろん、明治のような大きな変革ではないであろうし、変革の内実も同じではあるまい。だが、明治という一大変革期を乗り越えて大きな成果をもたらした先人の生き方は、われわれにも、よき指針となるであろう。(著者のことば・本文より)【内容情報】(「BOOK」データベースより)日本の近代化は、なぜ成功したのか。いま学ぶべき大変革期を乗りきる思想と行動。【目次】(「BOOK」データベースより)人類史の中の“明治時代”─渋沢栄一を生んだ時代と農村の風土/経営型農民・尾高藍香の貨幣論─渋沢に最も大きな影響を与えた従兄の思想/渋沢宗助の「勤勉の哲学」─企業家精神を叩き込んだ叔父の存在と石門心学/封建制か、郡県制か─尾高藍香は『貞観政要』から何を学んだか/豪農が志士に変るとき─彼らを「革命の衝動」へと駆り立てたものとは/「高崎城乗っとり」計画の中止─決行直前、三十六時間の激論で、何が話されたのか/不倒翁の「不易と流行」─十七歳の詩集から見えてくる渋沢の心の風景/故郷出奔の父子問答─農民を捨てる決意、父への勘当を申し出る/「徳川民法」の勘当・相続・養子─渋沢父子の行動を規定した『貞永式目』の精神/異端国家・日本のダイナミズム─渋沢栄一は、いかにして農民から武士となったか〔ほか〕【著者情報】(「BOOK」データベースより)山本七平(ヤマモトシチヘイ)1921年、東京生まれ。42年、青山学院高商部卒。戦時中は砲兵少尉としてフィリピン戦線を転戦、マニラで捕虜となる。戦後、山本書店を設立し、聖書、ユダヤ系の翻訳出版に携る。同書店から70年に発行した訳書『日本人とユダヤ人』(ベンダサン著)が大ベストセラーになり、世の中に衝撃を与えた。日本の文化と社会を独自の手法で分析していく論考は、「山本学」と称され、いまなお広く読み継がれている。1991年、69歳で没す(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)この商品の関連ジャンルです。本 > 人文・思想・社会> 歴史> 伝記(日本)
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