「これまでどうしても勝てないライバル会社に勝つためににはどうすればよいか?」と孫武に問えば、
「簡単なこと、社長を引き抜けばよい。」と涼しげに返答しそうである。
戦略研究第三章、
謀攻篇の1は、「百戦百勝は、善の善なるものにあらず」である。
孫子曰ク、オヨソ兵ヲ用ウル法ハ、国ヲ全ウスルヲ上トナシ、国ヲ破ルハコレニ次グ。軍ヲ全ウスルヲ上トナシ、軍ヲ破ルハコレニ次グ。旅(リヨ)ヲ全ウスルヲ上トナシ、旅ヲ破ルハコレニ次グ。卒(ソツ)ヲ全ウスルヲ上トナシ、卒ヲ破ルハコレニ次グ。伍ヲ全ウスルヲ上トナシ、伍ヲ破ルハコレニ次グ。コノ故ニ百戦百勝ハ善ノ善ナルモノニアラズ。戦ワズシテ人ノ兵ヲ屈スルハ善ノ善ナルモノナリ。
「戦争はあくまで手段であり、目的は政治的意図である。」
孫子の兵法の根底には「戦争に勝つことは手段であり戦争に勝つことが目的ではない。」といている。
これは孫武が政治を司る貴族の位にあり、ただの「戦争屋」ではないことの裏づけであろうか。
企業もライバル企業に勝つことが目的ではなく顧客に満足を与えることが目的とならねば継続など覚束無い。
電脳の世界でもしかり。
多くの人の犠牲の上に稼いだお金は、配分・再投資の仕方を誤ればすぐに泡と消えてしまうだろう。
お金は人が使うもの、お金稼ぎに人を使うのは大きな誤りである。